みなさん、お久しぶりです。さくらです。
久しぶりの投稿になってしまいました。最近CBTも終わって実習が始まってきて、またいろいろと忙しい日々を過ごしております。
今回の記事では自分語りも兼ねて、わたくしことさくらが医師を志した理由について書かせていただこうかなと思います。
というのも、わたしが医師を志した理由は、わたしの特殊な家庭環境によるところが大きいんです。
この家庭環境っていうのが、医学部の中で、周りを見渡しても、そんなに多くはいない気がしています。
なので、書いてみても面白いかなっていうのと、一度医学生のうちに、なぜ自分が医師を志したのか、文章化しておくのもいいなと思って、書いてみることにします。
長くなっちゃうかもしれませんが、ご容赦ください(笑)
さくらの家庭環境
さて、本題に移ります。
わたしが医師を志したきっかけは、私の家庭環境にあります。
家には寝たきりの祖父
というのも、私は幼いころ、ものごころつく前から、自宅には寝たきりの祖父がいました。
祖父は要介護5、つまり本当になにをするにも介護が必要な状態でした。
母方の祖父ですね。祖父は60代のころに、くも膜下出血で倒れて以来、寝たきりの状態になってしまいました。私が幼いころから、記憶にある祖父は寝たきりで、話すこともできない状態です。
そんな寝たきりの祖父を、母は全て自宅での介護をしていました。祖父が亡くなるまで、大体15年ほどでしょうか。この長期間の介護生活を、私は幼いながらに、ずっと見ていました。
なので、私が幼いころから母は、わたしのことなんかそっちのけで、祖父の介護につきっきりでしたね。
そうはいっても愛情はたっぷりかけてもらってはいましたが(笑)それでも、母の中での最優先は、当時は祖父にありましたねー。幼い私はそれも寂しく思っていたりしなかったり、、、。
そんなことはさておき、この話にはまだ続きがあるんです。
祖父が自宅療養をしていたという話は、一般的にあることかとも思います。私の家庭は、あと二つほど、他の人とは異なっているところがありました。
母、祖父のために介護の会社を立ち上げる
では、何が他の人と変わっていたかと言いますと、一つ目は、私の母は、祖父がくも膜下出血で倒れた後、介護の会社を立ち上げたことです。
自宅での介護を始めるにあたって、母は祖父に最高の環境を提供したかったそうです。
けれど母一人では、十分な介護の体制を整えられない、たくさんヘルパーを付けたいけど、それもお金がかかる、、。
そこで母は、
自宅で、父に最高の介護環境を整えたい!という思いから、自分で介護の会社を立ち上げて、自分の会社のヘルパーを、祖父に派遣していたんです。
また、会社を立ち上げたきに、自身も介護福祉士の資格を取って、よき介護とは何か、自身の経験を活かし、信念を持って現在も会社を経営しています。
自分の母ながら、本当にすごいなと思っています。自分の親の介護のために、会社作っちゃうなんで、普通の人はやらないと思いますしね(笑)
それに今思うと、本当に祖父思いの母だったんだなと思います。それと同時に、それだけ、祖父の人柄というか、なんというんでしょうか、子供思いな祖父の一面が、母を突き動かしていたのかななんて思ったりもします。
医師である叔母、叔父の存在
そして私の家庭環境を語るに欠かせないこと、二つ目についてお話しようと思います。二つ目は、母の姉、つまりは私の叔母は、医師です。そしてまた、叔母の夫、つまりは私の叔父も、医師です。
家族の中に医師がいるって、本当にありがたいことなんです。このことは後で詳しく触れますが、この叔母、叔父の存在が、私が医師を志すきっかけになっています。
そんなこんなで、祖父をとりまく介護体制は整い、叔母叔父のおかげで、医学的な面でも、強いバックアップがあったんですね。
そして母は、祖父が亡くなるまでの約15年間、自宅での介護生活を全うしました。
長年の自宅療養生活での危機
ここまでで、私の家庭環境についてはおおざっぱにはお伝えできたかと思います。
ここからは、私が医師を志すに至った経緯についてお伝えしようと思います。
先ほど、私が医師を志したのは、医師である叔母、叔父の存在が大きかったとお話しました。
というのも、約15年間にも及ぶ自宅療養生活の中で、祖父は幾度となく危機を乗り越えてきました。
お恥ずかしながら、当時の私は、祖父の医学的な病状についてほとんどと言っていいほど理解しておらず、これは私がだいぶ成長してから母から聞いた話です。
詳しいことはあまりわかっていないのですが、祖父は経口摂取ができなかったので、胃瘻にしていました。また、何かの薬剤による副作用で、血栓ができてしまい、それによって足が壊死してしまい、片足を切断しています。
もっと本来書くことがあるのですが、とにかく、本当にたくさんの危機を経験し、乗り越えてきました。
医師である叔母、叔父の存在の大きさ
そんななかで、とても大きな助けとなってくれたのが、医師である叔母、叔父の存在です。
主治医からの病状説明や、今後の治療方針の意思決定の際、医学的知識が何もないものにとっては、医師の話をただ必死に理解しようと努めることしかできません。
けれど医師である叔母、叔父の存在によって、主治医との対等な話しあいが可能になり、祖父にとってよりよい選択と治療ができたと思います。
また、医師仲間に祖父の状態を相談して、どういう治療がいいのか、他の視点からの意見を集めてくれたりと、それはもう、本当に頼りになる存在でした。
家族に医師がいることは本当にありがたいことなんです。
ここで休憩
そうこうしているうちに、だいぶ書いてしまいました。
長くなってしまうので、続きは次回の投稿で書くことにしようと思います。
近日中に投稿する予定なので、楽しみにしててくださいね!


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